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WFAS出席記録 -鍼灸サイエンティフィックセッション-:鍼灸の心地よさ

2016年11月18日11:00 AM カテゴリー:学会・勉強会

鍼治療の心地よさの意義

 

無髄触受容器と報酬系の役割

 

今回の世界鍼灸学会におけるテーマの一つに、「鍼治療の心地よさの意義」があります。

この内容が主なテーマに選ばれた理由は、以下のようなことによります。

1.現在、伝統中医学の理論に基づく鍼治療が、世界的に普及している

2.鍼刺激により患者さんが感じる強い刺激感(得気)が生じることが、鍼の効果に重要

3.得気は深部痛覚に類似し、患者さんに不快な感覚をもたらす傾向が強い

4.日本の鍼刺激は、患者さんに心地よさをもたらすことが大切

5.心地よさをもたらすために、日本独自の鍼の方法が開発された

6.日本においては、鍼灸が医療制度から除外されているために、日本独自の鍼刺激による臨床試験がほとんど行われていなかった

7.世界では鍼の大規模な臨床試験が多く実施されているが、その際に、伝統中国医学に基づく鍼刺激を「真の鍼」、日本で行われているような鍼刺激を「偽の鍼」として、その治療効果を調べてきた

8.標準治療(現代医学的治療)と比較して、鍼治療の効果が認めらるが、真の鍼と偽の鍼の間で効果の差が出ない

9.真の鍼と偽の鍼の間に差がないことは、鍼治療がプラセボであると判断された

10.この偽の鍼と日本独特の鍼治療は、極めて似かよっている

 

このような観点から、現在、偽の鍼として定義されていることに誤りがあるのではないか、偽の鍼を再定義する必要があるとして、日本からその意義を発信するのが、その理由になります。

ごく軽い刺激を皮膚に加えますと、皮膚に分布するポリモダール受容器が興奮し、その信号を神経を介して、脊髄から脳に伝わり、鎮痛、快楽などの降下が出ることが知られています。

その観点から、これまで世界的に報告された数多くの鍼の臨床試験は、伝統中国医学式の鍼と日本式の鍼を、比較したものとみなせないこともありません。

そう考えれば、両者の効果に差がない、即ち、日本の鍼治療が効果上がることを、かい該の臨床試験が示したことになります。

司会の川喜多先生から、上のような紹介があり、今回のセッションが始まりました。

 

心地よさと触刺激:脳内伝達物質放出の研究

 

・国際医療福祉大学 教授:黒澤 美枝子先生

黒澤先生からは、基礎実験として、ラットを用い、脳の微小領域を透析するマイクロダイアリシス法という実験方法で、側坐核でのドーパミン放出を連続的に測定してます。

皮膚に鍼、触れる、温める・冷やすなどの感覚刺激を加えますと、自律神経機能に、いろいろな変化が起こります。

また、上のような刺激により「情動」も動きます。

この情動がさらに自律神経機能に影響を与えます。

この中でも、軽い鍼刺激や、触刺激により、心地よさ、リラックス効果が生じ、不安・抑うつ感が軽減されます。

「快感」の発生に関わる脳の領域として、腹側被蓋野から側坐核に至るドーパミン神経系があります。

従って、触刺激などは側坐核でのドーパミン放出を増加させると考えられていますが、その証明がされていなかったようです。

この点に関して、黒澤先生らが研究され、その結果を今回、発表されました。

触刺激をラットの前肢、背部、腹部、後肢に加えて、脳の側坐核からのドーパミン放出量を測定されています。

その結果、触刺激により、有意にドーパミン放出が増加したそうです。

また、刺激した場所による違いはなく、どの部位でも同じように増えたそうです。

ラットといえでも、意識下では情動が関与しますので、「気持ち」による誤差があるか無いかを調べるために、意識下と麻酔下で、同じ実験をされています。

結果は、有意な差がなかったようで、情動の関与はないと推測されます。

また、ドーパミン放出は、測定した側坐核の反対側の皮膚に、触刺激を加えたときにだけ、増加したそうです。

この触刺激による側坐核のドーパミン放出増加は、脳の腹側被蓋野を破壊すると、消えたそうです。

これらのことにより、触刺激により反対側の腹側被蓋野ドーパミンニューロンが興奮し、その結果、側坐核でのドーパミン放出が増加するのではないかとのことでした。

触刺激との比較のために、強く皮膚を捻るというピンチ刺激を加え、同じような測定したところ、ドーパミン放出は増加しなかったそうです。

これは、強い刺激より軽い刺激が、心地よさを引き起こすことを示唆しています。

次に、不安を生じさせる脳の扁桃体中心核におけるセロトニン放出を測定されています。

この扁桃体中心核からのセロトニン放出が、不安を生じさせます。

麻酔下のラットに触刺激を加えると、扁桃体中心核からのセロトニン放出が減少したそうです。

これらのことにより、触刺激という軽い刺激は、快感の発生と関わる側坐核ドーパミン放出は増加し、不安を生じさせる扁桃体中心核からのセロトニン放出は減少することが分かりました。

以上のこのことから、日本の鍼灸としての浅く、軽い刺激は、快感をもたらし、不安を取り除くことができるのではと、推測されます。

 

体性感覚刺激の機能的磁気共鳴画像の研究:心地よさの刺激を含めて

 

・明治国際医療大学 教授:梅田 雅宏先生

先生からは、心地よい刺激を受けるとヒトの脳は、どのように変化するのかを、fMRI(脳機能的磁気共鳴画像)により観察された内容のお話が、中心にありました。

まず、触刺激や圧刺激は、いずれも有髄の太い神経線維(Aδ線維)により、濃へ伝達されます。

しかし、近年の研究で、触刺激に興奮する無髄神経線(C線維)が発見されました。

ただ、その機能的役割は、長い間不明でした。

最近の研究にて、この無髄神経線(C線維)は触刺激に反応した際に、心地よさと関連していることがはっきりとしてきました。

実際の治療において、注目を浴びている現象だそうです。

先生は、触刺激として、スポンジ、鍼、手掌、あるいは微小突起のある材料を用いて、それらの刺激により脳がどのように心地よさを感じるかを、fMRI(脳機能的磁気共鳴画像)により観察されています。

触刺激の前に温度による感覚の違いについての説明がありました。

○温度による脳の感じ方に違い

47.5度の熱刺激→意識的な情動に関係する脳の島が活性化

35度の熱刺激→思考に関係する前頭野の運動が活性化、47.5度の熱刺激より活性化する範囲が広い

このことにより、頭寒足熱といわれるように、脳はある程度「冷え」ている方が、物事を考える、判断する力が強くなることが、うかがえます。

 

○スポンジによる擦過刺激

末梢からの刺激を受ける脳における痛覚に関係する一次体性感覚野、二次体性感覚野の活性化が起こり、刺激ととともに上昇し、刺激終了後、すぐに低下したそうです。

これはスポンジ刺激中は、痛みが改善するが、刺激がなくなるとすぐに、また、痛くなることを意味しています。

 

○鍼刺激

鍼刺激においても、スポンジ刺激と同様に、一次体性感覚野、二次体性感覚野の活性化が起こっています。

ただ、スポンジ刺激と異なり、刺激中に活性化し、鍼刺激後も、活性化を示し、その度合いが上がっているそうです。

ここに、軽い鍼刺激により、痛みが改善される理由があるといえます。

 

これらの刺激より活性化された脳の部位は、BA13、BA40という情動や身体感覚に反応する所だそうです。

即ち、心地よい刺激が、感情を「快」にし、身体感覚を正常にすることにより、痛みや抑うつ症状の改善に繋がるのではという内容でした。

 

鍼刺激による触刺激の役割

 

・キョンヒ大学 准教授:Younbyoung Chae先生

鍼治療とは、身体のある特定の場所に、鍼を刺すことにより身体に反応を起こさせることといえます。

一般的に、鍼治療は2つの側面を持っています。

1.感覚-識別的な触刺激

2.情動-社会的な触刺激

今回の講演で演者に先生は、上の2つの側面についての話がありました。

中国伝統医学的には、鍼刺激により「得気」と呼ばれる、独特な感覚が生じないと、効果がないとされています。

これは1の感覚-識別的な側面に当たります。

この感覚には、以下のような特徴があります。

・重だるさ

・痺れ感

・疼く痛み

・腫れぼったさ

先生によりますと、このような感覚は、急性疼痛と異なり、温かさ、さわやかさを得られことが大切で、単に鍼刺激として感じるだけでは、効果がないとのことでした。

また、この得気感覚と鍼による鎮痛効果は、神経の関与があり、その神経は、Aδ線維やC線維によるものだそうです。

得気とは、ある意味で感覚差別的な感じといえ、近くの一部に当たるとのことでした。

即ち、鍼により近くが活発になり、痛み感覚が改善されることになります。

得気を得られた状態で、鍼に電気を通すという、鍼通電を2Hzで行いますと、β―エンドルフィン、エンケファリンなどの内因性オピオイドが放出され、鎮痛効果をもたらすとありました。

 

2の情動-社会的な触刺激は、日本で主に行われている軽く、浅く刺す鍼刺激なります。

一般的な触刺激は、その刺激を受けた場所だけが反映され、鍼刺激にはその場所だけでなく、広がりがあるそうです。

そして、情動に関与するには、軽い刺激が効果的で、鍼の臨床試験で用いられる「偽鍼」でも、十分効果が出ることがはっきりとしてきたようです。

先生は、これにより、現在、使用されている偽鍼は、プラセボとして適正ではないと判断できるとしています。

また、情動にはトラウマが関与し、言葉や医療者と患者の関係も、その効果に作用するとありました。

このように社会的な触刺激により、現在の症状以外の別のことが起きる可能性があるそうです。

即ち、刺激に対する反応の個別化に注目する必要があります。

個人個人により、同じ刺激でも反応が異なるということです。

そして、面白いことに、鍼を刺す前から影響があることが分かってきたそうです。

鍼治療の効果をよくするには、治療に入る前に患者と鍼灸師の関係性をいかに強くするかが、ポイントの一つになるそうです。

実際、西洋医学におきましても、過敏性腸症候群や機能性ディスペプシアなどの機能性胃腸疾患は、患者と医師との関係性が強いかどうかが、効果の決めてになることが分かっています。

同じ薬を出しても,患者と医師の関係性が悪いと、効くものも効かなくなるということです。

このようなことから、先生は鍼灸治療においては、鍼灸師が主体性を持つことが、病気に対して効果を上げる、最大のポイントであるとありました。

言い換えますと、如何に鍼灸師サイドが患者さんの状態を的確に把握し、共感でき、病気の原因や成り立ちを説明し、また、治療方法や、その効果の出方などを詳しくお話して、患者さんに納得してもらい、一緒に、治療を進めていくという関係性を築くことができるかということになります。

当院でも、若手の鍼灸師に上のような内容を繰り返し指導しており、私の考え方に間違いがなかったと実感できました。

情動的な側面においては、典型的やさしく触れる刺激が、穏やかさや幸福感をもたらし、それには無髄のC触受容器線維を活性化することにより生じているそうです。

このC触受容器線維の活性化により、大脳の辺縁系に触刺激反応が生じ、その結果、情動やホルモンの応答が、惹起されるのではないかということでした。

先生によれば、鍼治療には、1の感覚-識別的な触刺激と2の情動-社会的な触刺激の両方が必要で、この両者が、鍼治療における効果において、重要な役割を果たしているとありました。

最後にまとめとして、「鍼治療」と「鍼刺激」は異なることの説明がありました。

鍼治療は、脳の側坐核に作用して刺激を伝え治療効果があるが、鍼刺激は、「痛み」を伝えるものとありました。

常に、「鍼刺激」ではなく、「鍼治療」を行えるように、私たち鍼灸師は、日常の鍼灸治療で気を付けなければならない、大切なことと思います。

 

 

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