WFASに行ってきました
この11月5,6日に世界鍼灸学会連合会学術大会、通称WFASがつくばの国際会議場で開催されました。
日本での開催は23年前に京都で開催されて以来になります。
前回、今回と2回とも参加でいましたが、この様子ですと、私が次回、参加するのは90歳近くになっており難しそうです。
前回は普通の国際学会という感じでしたが、今回は「日本の鍼灸を世界に発信する」ということで、様々な流派における鍼灸治療の実技供覧がありました。
一緒に連れて行きました当院の若い鍼灸師には、よい刺激になったようです。
○基調講演
基調講演も日本からの発表は、日本鍼灸の独自性をいかに伝えるかが、その目的になっていたようです。
その中から聴講しました講演の内容をご紹介していきます。
・公益財団法人喝破道場 理事長:野田 大燈先生
ー禅の心と鍼灸:禅は世界を駆けるー
先生は、元々鍼灸師でその後、禅宗にて出家得度されています。
現在は、住職としてだけではなく、不登校・引きこもりなどの自立支援、統合失調症・発達障害などの自立支援もされています。
先生から、日本の鍼灸も禅の影響を受けているとありました。
○
禅と健康
禅とは日常生活そのものであり、日常生活における立ち振る舞いにおいて不要なものをすべて取り除いたシンプルそのものが「禅」であるとありました。
また、日本の文化は全て禅から表出されたものという説があるそうです。
無駄を排してシンプルになるには、知識としてではなく、身体での体得が必要になりますので、それを会得するには時間がかかります。
禅における修行は、あなたもご存じのように、「坐禅」です。
坐禅において感じるべきことは、あなたの身体と呼吸と意識が繋がることとありました。
この繋がりにより新たな「出会い」を感じることができ、その「出会い」こそが、本当の意味での自分自身だそうです。
そして、生きていることは、「息」をしていることですが、あなたを含め現代人の多くの息の仕方は、身体と心に適った呼吸になっていないとありました。
息の仕方を間違いますと生き方を間違い、病気になったりするそうです。
「丹田呼吸法」をマスターすることにより、「平常心」が得られ、平常心で過ごすこことにより物事に捕らわれることが無く、直感力により最良の選択ができるようになるようです。
○
禅と鍼灸
先生によれば、中世、近世における鍼灸師は、この禅の修行を通じ、本当の意味での直感力を磨き、治療に当たったいたとありました。
奈良時代に中国から日本に入ってきた鍼灸は、日本で独自の変化を遂げています。
特に患者さんの身体を丁寧に触診し、患者さんの動きに合わせて鍼を刺し治療をしていく点です。
そして、患者さんと「一体化」することにより、鍼を刺すツボや、その刺激の仕方・刺激量を患者さんの身体が教えてくれ、そのように治療を進めていくのが、日本鍼灸の特徴と言えます。
当院におきましても若い鍼灸師にその点を理解してもらうために、「瞑想」をすることを進めたり、また、周易、近思録などの中国哲学関係の授業もしております。
先生よれば、日本の鍼灸の特徴は、「患者を治療しよう」と思わない点にあるとのことです。
鍼灸師が息を整え、心を整え、鍼を持った時点で、患者さんと治療に当たる鍼灸師が、「一つ」になるので、患者さん自身が、患部や刺激量を誘うので、それ以上の治療を意識すると、良好な結果が得られないとありました。
すなわち、患者さん自身が無意識に発している「情報」を感じて、それに応じて治療を進めていけば、自然によい結果が得られるということです。
それには、私たち鍼灸師が、坐禅も含め、日々、精進しなければなりません。
人間の「呼吸」を感じるだけでなく、自然界の「息吹」も感じられるようにならなければなりません。
そしてそのようにして「成長」した鍼灸師が治療をしますと、先生が現在、支援されている不登校・引きこもり、統合失調症・発達障害などに改善が見られるそうです。
先生によりますと、そのような自立支援センターにこそ、鍼灸師が、必要とありました。
確かにその通りだと思います。
当院におきましても、年に2,3人の不登校や引きこもりの中学生・高校生が治療を受けに来ますが、改善し、楽しく学生生活を送れるようになっています。
・
明治国際医療大学 教授:川喜多 健司先生
ー日本鍼灸の特徴と生体調整系に対する効果:ポリモダール受容器の役割ー
先生は生理学が専門で、長らく鍼灸でなぜ治るかというメカニズムの研究をされています。
特に、皮膚に存在する様々な刺激に対して感受性を持つ「ポリモダール受容器」の研究の第一人者でもあります。
○
日本鍼灸の特徴
先生から日本の鍼灸の特徴には、以下のようなものがあるとありました。
ー日本鍼灸の特徴ー
1.使用する鍼が細い
2.管鍼法という「くだ」を用いて鍼を刺入する方法が主流
3,鍼を刺す深さが比較的浅い、また、刺さないで触れるだけの場合もある
4.伝統中医学では、必須とされる「得気」:患者さんが感じる鍼を刺すことによる特殊な感覚を必ずしも求めない
5.鍼を刺す場所をツボに限定せず、触診によって見つかる圧痛点、硬結、周りと異なる反応点を用いる
6.お灸の大きさが小さい
○
鍼灸の臨床試験における偽鍼
これらの特徴は鍼の効果を検討する際の臨床試験におきまして、「偽鍼」と同じなります。
臨床試験による「真の鍼」は伝統中医学的で、鍼も太く、ツボに従って鍼を刺し、その刺激量も患者さんが強く感じるように設定されます。
「偽鍼」は針が細く、皮膚に刺さない、あるいは刺しても、ごく浅い、ツボ以外のところに刺す、あるいは、その病気には効果が無いとされるツボに刺すとしています。
中国や欧米における鍼の臨床試験は、そのほとんどが、標準治療(現代医学的治療)、真の鍼、偽鍼を比較して行われています。
その結果のほとんどが、標準治療より、真の鍼、偽鍼が統計学的に有意に効果的であるとなっています。
ただ、真の鍼、偽鍼の間に、有意な差が無く、どちらも効果的とでます。
医学的に真の治療と偽の治療の間に有意な差が無い場合は、それは「プラセボ」であると判断されます。
代替医療のトリックという書籍が一時評判になり、その中でも鍼灸はプラセボであると否定的に断言されていますが、偽鍼の設定の仕方に問題があるのではというのが、先生の考えになります。
すなわち、臨床研究にて「偽鍼」と設定されている鍼刺激は、日本鍼灸そのものであるとも言えるからです。
○
日本鍼灸はプラセボ?
では、日本の鍼灸は、「プラセボ」なのでしょうか?
その点を解明しているのが、今回の演者である川喜多先生を中心とした研究者たちになります。
川喜多先生は、鍼刺激により、皮膚に存在するポリモダール受容器が興奮して、神経を介して信号を送り脊髄を経て、脳に信号が伝達されます。
その信号を受けた脳から鎮痛作用のある物質などが放出され、病気の改善に繋がるとしています。
では、ポリモダール受容器とは、いったいどのようなものなのでしょうか?
ポリモダール受容器は身体に害を及ぼすような刺激(侵害性刺激)に、反応する受容器です。
ポリモダールとは、多様な様式という意味です。
すなわち、摘まむ、押すなどの機械的刺激だけでなく、化学的刺激、熱刺激など様々な外部からの刺激に反応するということです。
あなたの身体には、ある刺激に特異的に反応する数多くの受容器があります。
基本的には、これらの受容器は、何に反応するかを決められています。
そして、どの程度の刺激量:「閾値」によって反応するかも決まっています。
ところが、このポリモダール受容器は未分化で、原始的な受容器で、機械的、化学的、熱刺激のいずれにも反応する多様性を持っています。
分布している場所も、皮膚、内臓、筋・筋膜の運動器など全身に及んでいます。
皮膚においては、表皮と皮下組織に存在しています。
また、受けた刺激を脳へと伝達するだけでなく、神経に情報を送る化学物質である神経情報伝達物質(神経ペプチド)を放出します。
主には、痛みに関するサブスタンスPや血管拡張に関与するカルシトニン遺伝子関連蛋白(CGRP)などです。
このポリモダール受容器が外部からの刺激を受け、興奮することにより、あなたの身体をその刺激から守る作用が起きることになります。
そして、この受容器の特徴は、閾値が低い、すなわち、ごくわずかな刺激にも反応することです。
また、繰り返し同じ刺激を受けますと、感作され、その刺激に対して敏感になります。
鍼刺激は、このポリモダール受容器を介して病気の改善ができることを川喜多先生らが突き止められています。
鍼を皮膚に接触するだけあるいは、鍼で皮膚を軽く擦過するだけで、このポリモダール受容器が、発火して興奮することが分かってきています。
これは、皮膚へ各種の鍼刺激を行うことによるポリモダール受容器の反応性を、ヒトの末梢神経の記録実験(微小神経電図)により解析されているそうです。
それによりますと、皮膚に対する比較的軽微な機械刺激に対して、無髄の機械・熱刺激に反応するユニット・ポリモダール受容器:CMHが十分に反応するそうです。
鍼刺激は機械刺激でもあります。
すなわち、鍼の臨床試験において、偽鍼とされる刺激、あるいは、日本の鍼灸が、プラセボではなく、本当に効果があるということです。
この点を日本の鍼灸の研究者たちは、各方面で発表はしていますが、なかなか広まっていないのが現状です。
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日本鍼灸が効果のある理由
では、このような軽い刺激がどのようなメカニズムで効果をもたらすのでしょうか?
鍼による軽い刺激により、ポリモダール受容器が興奮し、その信号が、脊髄から脳の腹側被蓋野から側坐核の辺りに伝達されます。
この領域は、「快感」の発生に関わり、その快感を得るにあたりドーパミンを放出します。
即ち、軽い鍼刺激がドーパミンの放出の増加させ、心地よさ、不安・抑うつの軽減やリラックス効果が得られるわけです。
ごくわずかの鍼刺激により、痛みが消失する、抑うつ傾向が改善されなどの効果が得られるの、このようなメカニズムによります。
このような観点から、これまで実施された数多くの鍼灸の臨床試験を見直しますと、見方が異なってきます。
ごく軽刺激や、ツボ以外の身体の反応のある所に鍼を刺す方法は、偽鍼ではなく、「真の鍼」の一種となります。
即ち、いろいろな鍼の方法が、全て標準治療(現代医学的治療)より効果があることが証明されてきたと言えると川喜多先生からありました。
今回のWFASでは、このテーマで開催されており、広まっていけばと思いながら、講演を聞いていました。