○睡眠の質は時間より満足度
睡眠に必要な時間は8時間とか、6時間というような話がよくあります。
良い睡眠という睡眠の質は、時間ではなく、朝起きたときの「寝た感」によります。
例えば、不眠症は、朝起きたときのだるさ、眠気などの不快感や、日常生活を行う上で支障をきたすかどうかによって判断されます。
また、一般的に加齢とともに、そう睡眠時間は短くなり、睡眠状態も浅くなっていきます。
睡眠には一定のパターンがあります。
睡眠は、深い睡眠(ノンレム睡眠)と浅い睡眠(レム睡眠)からなり、セットで約90分になります。
良い睡眠を得るにはこのセットで考えるのがよく、90分の4倍である6時間、あるいは7時間30分が、睡眠時間として適切とされています。
これは、「寝た感」を得るには、浅い睡眠時に起きると得られやすいからでもあります。
では、医学的には不眠とはどう定義されているのでしょうか?
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医学的な不眠の定義―
・眠りにつく障害(入眠障害)
・眠り続けることの困難さ(中途覚醒)
・睡眠パターンが障害され十分な睡眠がとれない(早朝覚醒)
不眠症は、普通に存在する症状でもあり、成人の約10%に慢性の不眠が見られ、約50%は時々不眠を経験しているとされています。
しかし、現代日本人の睡眠時間は徐々に短くなる傾向にあります。
少し古いデーターですが、NHK放送文化研究所の調査によりますと、1960年代の平均睡眠時間は8時間13分、2000年には7時間23分と短くなってきています。
このように現代において睡眠環境は悪化しており、不眠を感じている方が増えています。
厚生労働省の調査でも、5人に1人が不眠で悩んでいるとあります。
特に、20~40歳代の働き盛りに多く見られます。
その理由も、多忙により睡眠時間が取れないと、現代社会の特質を強く反映しています。
特に、東京や大阪などの大都心では、その傾向が強く見られます。
○人はなぜ眠らなければならないか?
以前は、心身の疲労により、起きていることができなくなるのが、睡眠とされたり、不眠は症状であって病気ではないという考えもありました。
近年では、睡眠を取らないでいると、生命維持に危機的な状況をもたらすことが明らかになっています。
睡眠とは、脳が生命維持を行うために、積極的に脳によって脳のために、能動的に起こしていることが分かってきています。
すなわち、睡眠は、単なる活動停止(休息)の時間ではなく、高度な生理機能に支えられた適応行動であり、生体防御の働きであるといえます。
進化により発達した脳を持つ人にとって、睡眠の適否が、よりよく生活できるかどうかを左右しているといえます。
睡眠が満足に取れないとどうなるのでしょうか?
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睡眠不足による身体への影響―
・大脳の情報処理能力に影響:意識や知能、記憶などの知的活動の低下
・成長ホルモンの分泌が阻害される
・免疫力の低下
・昼間の活動で傷ついた神経を修復、新しい神経を作るホルモンの分泌が低下する
このようなことから、風邪をひきやすくなったり、太りやすくなったり、仕事がはかどらないなどが起きます。
睡眠不足の時に感じる不愉快な気分や意欲のなさは、からだではなく、大脳そのものの機能が低下し、大脳が休息を要求しているといえます。
このため、睡眠を実行し、目覚めの良さを得るために、動物は進化の過程で、さまざまな方式を開発してきました。
進化した人においては、睡眠とは大脳のためにあるといってよいほど、特殊化しています。
○睡眠への認識が高い現代
現代は、かつてないほど、睡眠への関心が高くなっています。
理由としては。
1.脳科学の進歩により睡眠の重要性が、次第に認識されてきた
2.現代社会が睡眠を慢性的に犠牲にするようになり、さまざまな悪影響が出てきた
1.脳科学の面から
睡眠とは、脳を持つ生命体に特有な生理機能であり、生存のために必要不可欠なものになります。
脳は、コンピューターのようにいつも同じレベルでの活動はできず、意識水準が絶えず揺らいでいます。
質の高い睡眠をすることにより、安定した高次の情報処理能力を発揮できます。
このようなことから、発達した大脳を持つ人にとって、睡眠は大切な役割を果たしていることが分かり、睡眠への関心が高くなってきています。
2.現代社会の面から
現代社会は、生産活動や経済利益を重視するあまり、睡眠を軽視し、犠牲にしてきました。
これにより、私たちは大きな恩恵を受けていますが、同時にさまざま歪みにより、深刻な睡眠障害が増えてきています。
例えば、睡眠不足による心身の疲労の蓄積が、自律神経のバランスを崩し、心臓病、糖尿病、高血圧などの生活習慣病や、発病のリスクを高めるという報告が、年々増えています。
2003年のアメリカのNHIにおける疫学調査では、平均睡眠時間が5時間以下の人は、8時間の人と比べて、狭心症や心筋梗塞などの病気の発病リスクが、約1.5倍になるという報告があります。
うつ病と不眠症の相関性が高いことも分かってきて、うつ病になる前に不眠があるとされています。
このように睡眠時間がある意味、日常生活の質のバロメーターの役割を果たすようになり、睡眠への関心が高くなってきたわけです。
○睡眠の働きのまとめ
・昼間に傷ついた身体や神経を修復する
・脳を休ませ、安定した高次の情報処理能力を得る
・ホルモンや免疫の力を蓄え、日中の活動に備える
・脳の神経を再生させるホルモンを分泌する
睡眠とは、人が生活をしていくうえで、必要不可欠なものであることが理解できると思います。
では、どのようにしてあなたは眠ることができるのでしょうか?
○睡眠のメカニズム
睡眠のメカニズムについては、以下のように分かってきています。
☆睡眠調節の2種類の基本法則
睡眠調節には2種類の基本法則があります。
1.概日性(サーガディアン)または時刻依存性の調整方式
2.時刻非依存性または恒常性(ホメオスタシス)の調整方式
この2つの睡眠の調整方式は、協調してお互いに助け合っています。
ただ、進化の過程で別々に獲得された考えられており、それぞれ独立して作用を発現できます。
恒常性による調整方式の方が、より高度な働きで、適応性に富んでいます。
1.概日性(サーガディアン)または時刻依存性の調整方式
人の体内には、地球の開店と相関している1日周期の「活動―休息リズム(概日リズム)」信号があります。
これを生物時計(体内時計)と呼んでいます。
脳は、この信号に基づいて眠気を発生させます。
一般に休息時間帯の夜間に、眠るのに都合の良いようなリズムが作られています。
また、これと別に半日周期のリズムもあります。
正午過ぎの一時期に眠気が少し出るのは、このことによります。
近年、昼寝の有用性が言われていますが、その理由の一つに、この半日周期リズムがあります。
問題は、この生物時計(体内時計)の1日が正確に24時間ではなく、およそ25時間というところにあります。
体内時計通りですと、毎日1時間のずれが生じます。
そのため、通常は、外界のリズムや社会リズムが主となり、無意識のうちにリセットをして24時間周期に合わせています。
大きくは、朝、起床時に日光を浴びることによりリセットされます。
そして、光を受けた約16時間後に睡眠を伝える物質であるメラトニンが大量に放出され、眠気が生じ、寝ることができます。
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生物時計(体内時計)の仕組み―
光→目→視神経→視交叉上核(生物時計)→上頸部神経節→松果体→メラトニン放出
不眠の原因の一つにこの生物時計(体内時計)のリセットミスがあります。
日常生活において、活動と休息のリズムが不規則になりますと、そのリズムにおける生物時計(体内時計)のリセットが難しくなります。
これにより生物時計が本来持っているリズム(25時間)で、生活するように信号が送られます。
実生活とのズレが徐々に生じるようになります。
このズレが不眠や昼間の眠気を引き起こします。
不規則な日常生活が、不眠の原因といえます。
2.時刻非依存性または恒常性(ホメオスタシス)の調整方式
脳は、睡眠の恒常性(ホメオスタシス)により睡眠をコントロールしています。
これは、まず、睡眠が不足した場合に、次の眠りの質と量を決定します。
眠らずにいる時間(断眠時間)と睡眠欲求との間には強い相関性があります。
眠らずにいる時間が多くなるにつれて、眠気は直線的の増大します。
従いまして、眠らないでおこうと思っても、自力で覚醒続けることは不可能となります。
眠らずにいた後の睡眠は、その不足量に応じて、質的の大きく変化します。
起きていた時間が長ければ長いほど、深い眠りの時間が長くなるわけです。
この時の深い眠り(熟睡)は、寝入りばなの数時間のうちに優先的に配分され、睡眠不足の解消となるようにしています。
このことは以下のようなことを示しています。
・一定の睡眠が必須のものとしてプログラミングされている
・睡眠不足が保証されるシステムが人体に組み込まれている
すなわち、睡眠不足になると、その日の夜の眠りは、熟睡がより多くなり、睡眠不足を量でなく、質で補います。
睡眠不足になっても、意識的に長く寝る必要がないといえます。
このように脳は、意識下において睡眠の質と量を自動的にコントロールしています。
これが、睡眠の恒常性(ホメオスタシス)の根本といえます。
そうであれば、不眠症などは生じないのでは?という疑問が起きます。
しかし、この脳による睡眠への自動コントロールは、あくまで寝る直前までの過去の情報に基づいて作用します。
未来の事情を顧慮してのいわゆる「寝だめ」ができません。
すなわち、睡眠不足による「寝すぎ」の害が起きてきます。
熟睡は、事前の必要量から計算され、必要量が満足されますと、それ以降は、ほとんど出現せず、浅い眠りが多くなります。
寝不足だからと思い、長く眠りますと、浅い眠りの時間が多くなり、起きたときに気分を悪くしたり、身体はぐったりして、疲れを感じます。
いわゆる「寝たけれど寝たりない」という状態です。
この後、さらに寝る時間を増やしますと、脳は「寝ている」と判断し、眠気が生じなくなり、不眠症となるわけです。
意識的に、持続的に睡眠時間を増やすことが不眠に繋がるといえます。
3.まとめ
睡眠を決定するのには、概日性(サーガディアン)と恒常性(ホメオスタシス)の2種類があります。
それぞれの役割は。
・概日性(サーガディアン)→体外環境の安定した未来を考慮して前向きにプログラミング
・恒常性(ホメオスタシス)→体内環境の変動した過去の状態を踏まえて後ろ向きに補償
この2種類のシステムは互いに協調しあい、相補的な関係にあり、さまざま状況に対応して睡眠が確保できるようになっています。