スタッフ紹介 staff
鍼灸院天空 スタッフ紹介

| 名前 | 秋吉 理也子 |
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自然の美しさや不思議さに心を動かされた幼少期
私は千葉県の内房の海に隣接する市で生まれました。家は当時の新興住宅街にありましたがその周辺には、まだ夏の夜には蛍がたくさん飛ぶような田舎の風景があり、山や林に囲まれ自然を身近に感じられる環境の中で育ちました。
私は幼少期から、ポジティブに捉えると感受性が高く、ネガティブに捉えると神経質な気質があり、また自分の中で納得できない事に関しては受け入れられないような頑固さもあり、大人からみても気難しさを感じさせるような扱いづらい子供だったのではないかと思います。
自分を取り巻く世界で自分の意思を出す事で周りの人と衝突する事も多く、私自身もなぜそうなるのか理由が分からないまま、心はいつも葛藤に振り回され、孤独感や生きづらさを感じながら成長しました。
家庭や学校、友達との時間の中に、なかなか心の安らぎを感じられず、常に不安定の中で生きていたと記憶しています。
しかし、そんな中でも心の拠り所はあり救われる事が多くありました。例えば自然の美しさや雄大さに感動し魅せられる瞬間や、静かで穏やかな時間、飼っていた猫との触れ合う時間にとても幸せを感じていました。
自然の美しさや不思議に見える自然現象に出会う度に私は生きている間に知り尽くせない事が沢山あって一生退屈する事はないんだ!とワクワクした覚えがあります。
もともと内向的な性格で、外向的に意識を向け人と関係性を築く事が苦手だった事、人と関わる中で理解されないと感じる事が多くその孤独感から、自分を無条件に受け入れてくれるように感じる自然の中や動物との触れ合いの方が心が落ち着いたのだと思います。
心の靄と読書
小学3年生の時に茨城県へ引越し、再び市内で引越したので、2回転校をしました。環境の変化に順応する事が精一杯で、対人面では関係を築いていく事にかなり、ストレスを感じていたと思います。
その頃から心に常に靄がかかったような感じがあり、小、中、高校をただ時間をやり過ごすような、クラゲのように漂う感覚で生きていた気がします。生まれ故郷を恋しく思い、心の奥底に寂しさや哀愁を抱えながら過ごしていた気がします。
特に興味を持つものを見つけられずにいたので、手当たり次第に漫画を読んでは時間を潰していました。
自分が一体何者で、何をする為に生きているのかわからず、それでも時間は止まってはくれず、どんどん身体が成長し、エレベーターのように自動的に年齢が上がっていく感覚に焦りだけが募りました。その焦りから心はいつも不安定になり、周りとの不協和音を引き起こし自身の葛藤も更に大きくなるという負のスパイラルに陥っていました。
高校卒業後は、自分の取り巻く世界を拡げられたら何か変われる気がして安易な考えでファッションバイヤーに憧れ、ファッションビジネス専攻のある語学の専門学校に行く事にしましたが、消去法での選択肢だった事もあり、学ぶ中で本当に自分にとって必要な事なのか分からなくなり、バイヤーの夢はどんどん萎んでいきました。
そんな中で2001年9月11日にアメリカで同時多発テロが起こりました。この事件をきっかけに世界が一変するという怖さを肌で感じたのを覚えています。
平和な日本で生きる自分、世界で今、何が起きているのか、何も知らない自分、人間の幸せは何なのか、自分はどう生きるべきか、考えても答えが見えず、靄の中で手探りのまま、ファッションを仕事にするという熱意も消え結局、英語も身に付かず卒業しました。
敢えて学生時代に時間を費やした事と言えば、読書でした。人生の定量値を超えるくらい読んだ漫画は高校と共に卒業したので、手持ち無沙汰になり次は活字に手を出し、靄のかかった自分の見えない未来から読書に逃避したのでした。
専門学校卒業後は、一つの企業で長く働くより、様々な経験をしてみたいと思っていたので、正社員という選択肢がなく、契約社員として都内にある企業に勤めました。その会社では本を読む人が多くいた事もあり、毎日、通勤時間や休憩中に本を読んでいました。私にとって読書は、世界を拡げてくれる物でもあり、また生きづらさを緩和させてくれる薬のような物でもありました。
20代の頃は、子供の頃から常に感じていた孤独感や周りと度々起こる不協和音、場に馴染めない現実を突きつけられる度に、やるせない気持ちが心の受け皿に少しずつ溜まっていき、容量オーバーになってしまう事が周期的にありました。自分の存在価値が揺るぎ、自分を責めて精神的に落ち込み、どうしても自力で這い上がれなくなってしまい、身体も心も動けなくなってしまいました。本当に突っ伏しながら手を伸ばし救いを求めて読んだのが、村上春樹の長編小説でした。苦しみのあまり薬を摂取するが如く、第3部まであるその小説を手にし一気読みするという感じでした。
第1部では靄の中で混乱し煩雑に散らかった心の状態を認識し、第2部ではその散乱した一つ一つを丁寧に眺めて検分し、読み終わる頃には靄がいつの間にか消えていて、第3部では元ある場所にひとつひとつ整え確認しながら戻すというような作業を、読みながら自身の心がしている感覚があり、私にとっては読む事で心を整理する儀式のようでした。読み終わると心があるべき所に納まるような不思議な穏やかさを取り戻す事ができました。20代の頃は、この儀式を何度行った事か!というくらい助けてもらいました。私にとっては薬であって御守りでもありました。自分が言語化できない誰にも理解されない心の痛みや傷を共有するような感覚に心が癒され救われたのだと感じます。今でも村上春樹の中で一番好きな作品です。
東日本大震災とヨガ
5年の契約満了後、東京近郊の千葉県内の会社に勤めることになりました。
そして2011年3月11日、仕事中に東日本大震災が起こり、人生で初めて震度5強の地震を経験しました。当時自転車で会社に通勤していたので、帰宅には困らず帰れましたが、家の中は揺れの大きさがわかるくらい家具が移動し倒れていました。
頻繁に起こる余震に怯えながら日常を過ごしていると、揺れていないのに、突然揺れのような眩暈が起こるようになりました。当時はストレスから同じような症状が起こる人が多かったと聞きました。
心が痛み、気持ちが重くなる多くのニュースや、原発の不安な情報を見聞きする事が辛くなり、テレビは見なくなりました。
当たり前にあった何気ない日常が、突然一変し、自然の脅威を前に自分の無力さを感じ、もし自分が全てを失った時に、自分が生きていく為には何が必要なのだろうと考えた時に、身体一つで何かできる事を身につけたいと考えるようになりました。
以前からヨガに興味を持っていて、今こそヨガだと思い、都内にあるヨガスタジオに通い始めました。複数の店舗をハシゴして毎週土曜日は3クラス、日曜日に2クラスを受け、平日は仕事をする生活を送りました。
そのうちに日常的にヨガをやりたいと思うようになり、仕事帰りにヨガができるように都内の会社に転職をしました。
ヨガを始めてから、20代の時に周期的にあった自力で這い上がれない程に落ち込むような事が起こらなくなっている事に気がつきました。
ヨガのプラクティスで、今まで常にあった心の葛藤や孤独感と少しずつ向き合い受け入れ、生きづらさや靄が少しずつ晴れてくるような感覚がありました。
年数を重ねていくとフィジカル面でも段階的に深く変化を感じられるようになり、全米ヨガアライアンス200を修了できるリトリートに参加し瞑想やヨガ哲学に触れ、多くの気づきを得る事ができました。
長年の思いや経験の点と点が繋がる、そして夘野代表との出会い
ヨガを始めてから、自分の身体や心の変化に驚き、身体と心の繋がりを実感し興味を持ち、身体に関わる仕事がしたいという思いが生まれました。
ヨガインストラクターという選択肢は内向的な性格であった事、極度のあがり症な事、よりひとりひとりの心に寄り添える仕事がしたいという思いがあったので、選択肢にはありませんでした。
身体に関わる仕事がしたいという思いを胸の奥に押し込みながらも何度か転職し、ご縁のあった前職の会社で働く事になりました。
入社した時、一般企業に勤めるのはここが最後だろうという不思議な感覚がありました。今まで転職を繰り返して来ましたが、ようやく腰を据えて可能な限り定年までこの会社で働こうと思いました。
仕事とヨガと生活のバランスは安定的に上手く循環していましたが、数年後に会社やプライベートで、強いストレスがかかるような出来事が重なり、その時に引いた夏風邪を拗らせてしまい、半年以上、咳が治らない状態が続いてしまいました。
今までは体調を崩してもヨガで身体を整える事ができていたのに、いくらヨガをしても酷くなる事はないにしても、快適な状態には戻らず、低空飛行の状態に陥っていました。
そんな状況の中、新型コロナウイルスが日本に上陸し、未知のウイルスという報道が恐怖でしかなく、今この状況で感染したら絶対に助からないと思いました。何とかしなければと呼吸器科専門の病院に行くか迷いましたが、私は薬のアレルギーを持っている為、出来るだけ薬に頼らない方法を探して東洋医学に辿り着きました。
しかし、漢方も種類によってはアレルギーが出てしまうので、漢方でもないと思った時に突然、頭の中に、鍼という言葉が飛び出してきました。
突然脳内に出てきた鍼…?というよく分からないものを調べていくうちに、鍼が様々な症状に対応できる事を知りました。
それと同時に鍼灸師という選択肢が立て続けに現れ、今まで点々バラバラに点在していた経験や、思いの点と点が突然一気に繋がりました。その瞬間に脳内に閃光が走ったような感覚があり、びっくりしたのを覚えています。
鍼灸師なら私が長年思い続けていた身体に関わる仕事であり、ひとりひとりの身体や心に寄り添える仕事ではないか!
昂ぶる気持ちを抑え、まずは鍼灸を受けてからしっかり考えようと、ネットで鍼灸院を探し、一番最初にHPを見て決めた鍼灸院が、東京の鍼灸院 一花でした。そこで夘野代表に出会う事ができました。
当初は免疫の底上げと咳を治す事が目的でしたが、続けていくと全く予期していなかった心の部分での効果を感じるようになり驚きました。自分自身、鍼から心へのアプローチに関しては全く考えていなかったので、鍼の可能性の凄さを身をもって体験しました。
ストレスを感じる環境、状況は何も変わっていないのに、鍼によって今までストレスだと過剰に反応していたものが、いい意味で反応が鈍ってストレスとして反応しなくなるような感覚がありました。それは例えば咳止めの薬を飲んだ時、薬の力で咳が出るのを抑えられている感覚に少し似ていて、ストレスという反応の閾値に到達してもその境界線で突き抜ける事なく、抑えられて跳ね返って下がるような、そんな不思議な感覚がありました。

それを初めて感じたのは、コロナ禍の初期で東京都が非常事態宣言を出す少し前でした。報道によって私の心はコロナに対する恐怖や不安が煽られ大きくなっていき、恐怖や不安に心が支配されてしまいそうだったのですが、鍼をしてからは不思議なくらい過度な恐怖や不安を感じなくなりました。他にも少しでも気に障る事があるとイライラしがちだったのが、出来事に過剰に反応し心が乱される事が少なくなりました。
自分の心と身体に一体何が起きているのか?
鍼の刺激が脳に届き、脳内で働く物質の動きに変化があり、それによって心と身体がコントロールされている。そう感じずにはいられませんでした。
他にも10年程あった顔の直径1センチ程のシミが3ヶ月目くらいから薄くなっていき、驚きました。シミの原因のメラニンを作り続ける過剰な信号が減少したと理解をしました。
この経験は今までやってきた身体から心へのアプローチとは全く異なる感覚でした。鍼灸のパワフルさ、可能性の凄さに圧倒され、鍼灸を勉強したいと心から思いました。
会社に勤めながら夜間部で学ぼうと決めた年に、驚くほど偶然にも会社が、入学を検討していた学校の最寄り駅から2つ前の駅へ移転する事になり、その翌年から17時半に仕事を終えて18時から授業を受けるという怒涛の3年間を駆け抜けました。
卒業した後は安定した生活を手放す覚悟ができず、会社員を続けながら鍼灸の勉強をしてマイペースに経験を積んで行こうと考えていました。
しかし、こちらも驚くほど突然、会社の経営が傾き、卒業して半年後にあっけなく会社を退職する事になってしまいました。この急な流れに呆然としながら、鍼灸師を仕事にする覚悟を決めました。
いつか夘野代表の下で鍼を学びたいという思いが在学中からずっとあり、タイミングがあればアプローチをしていました。その都度、代表は苦笑い…。ですが何度もアプローチしまくった甲斐あって大阪の鍼灸院 天空で鍼灸師を募集すると連絡をいただき、生まれ育った関東、住み慣れた東京から拠点を大阪に移す決心をして、ご縁を繋いでいただきました。
鍼灸への思い
私の人生は側から見たら行き当たりばったり、無計画で一貫性に欠けているように見えると思います。
物心ついた時から自分自身の精神世界について自力で探究していく事に多くの時間を費やして来ました。
そしてその過程で、心や精神的な世界を生きるという事と現実の世界を生きるという事が同時に存在していて、その2つの世界をより良くバランスよく生きるという課題に、靄の中で手探りをしながら試行錯誤で取り組んできたと思います。今となっては、その課題とこれからも向き合い続ける事が私の人生の一貫性だと思えるようになりました。
私の人生の半分は内向的な意識の中で生きてきました。そしてこれからの人生は、外向的な意識を持って生きていくという挑戦になります。そのチャンスをくれたのは紛れもなく鍼灸です。
自分が鍼灸師になったからというだけではなく、患者として鍼灸を受け続けてきたからこそ辿り着けた境地だと感じています。
また、これまで自分と向き合ってきた時間やヨガだけでここまで辿り着いたのではなく、そこには今まで関わってきた沢山の人達との交流や支えがあり、勇気づけられ助けられてきた事が根底にあるからだと改めて気付き、感謝の思いが溢れ出して胸がいっぱいになりました。
その感謝の気持ちや、自分のこれまでの経験を学びへ繋げ、鍼灸でお返ししたい、私が今まで支えていただいたように、今度は支える側になりたいと思いました。鍼灸で少しでも多くの方々の身体や心が、今ある悩みから解放され、心に余白ができ、人生の可能性が拡がるようなサポートをしたいと心から思いました。
私は鍼灸を受け続ける事によって、身体と心が元気になり人生の選択肢が増え、可能性が拡がる経験をした1人です。
鍼灸はその人の持っている生きる力に働きかけその力を引き出し身体と心の元気を取り戻せるものだと実感しています。
頑張り続けても中々出口が見えない方、何となく今の身体が居心地良くないと感じている方、もっとパフォーマンスを拡げたい方、どんな思いであっても、鍼灸はあなたの持つ生きる力を引き出し、大きな支えになります。

私は生きづらさを抱え悩み苦しむことが多い人生を生きてきた中で、鍼灸に光を見せてもらえたからこそ、今お悩みにの中にいるあなたに、心から寄り添い、明るい方向を目指し、ともに歩いていきたいと思っています。
あなたが心身ともに元気になり、あなたの人生の選択肢が増え、可能性と笑顔が拡がる、そんな経験を鍼灸でしてみませんか?
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