今回ご紹介するのは、起立性調節障害の症状悪化により、不眠、食欲低下、意欲低下、嘔吐、鼻血などの症状が出てしまい、学校に通えなくなった男子生徒の症例です。
学校に行きたくても行けない……
大阪市内在住 13歳 中学1年生男子
主訴;吐き気 めまい 立ちくらみ 鼻血 不眠 食欲低下 低体温
診断:起立性調節障害、自律神経失調症
<初診と問診>
初めて、この患者さまを診たときの第一印象は、「白くて細いな。」というものでした。
血色が悪く、食事が十分に摂れないため、かなり痩せてしまっていました。
症状が出だしたのは、約3カ月前からということでした。内科を受診しましたが、診断は自律神経失調症、起立性調節障害とのことで、漢方薬を処方されたということでした。
問診は、男子生徒が全く座っていられないため、男子生徒は寝たまま、主にお母さまからの問診で行いました。
・小学生の頃から就寝は遅く、12時前後に就寝していた。
・徐々に寝る時間が遅くなり、それに伴い朝が起きづらくなってきた。
・家族全員の就寝時間が遅い。
・4人兄弟の3番目。
・座っているだけでも、フラフラして気持ちが悪くなる。
・突然鼻血を出したことや、起き上がれなくなったことで、病院に行ったが解決策はなかった。
ここまでの話で、生活リズムが元々悪かったこと、そのリズムを家族全体が共有していたことで、自律神経の働きや睡眠障害が起こったことが予測されました。
座ってもいられないのは、自律神経による血圧調節が完全に乱れてしまったためだと予想されます。
本人は学校に行く意志はあるようですが、最早からだが全くついていかない状態でした。
そこで、自律神経の働きを調整するために鍼灸治療を試みました。
【1診目の鍼灸】
まずは強い吐き気の調節と、弱ってしまった体力を回復させるため、血液循環を良くする目的で鍼灸治療をしました。
太谿(右) 太衝(左) 足三里(右)
全てステンレス製使い捨て鍼 長さ15mm 太さ0.18mm
1回目は、この3本だけです。この3本の鍼に、かなり反応してくれました。
敏感な体質の為、強い刺激は必要ありませんでした。鍼を刺している最中から、胃腸が活動を始め、施術終了後は、座って会話できる程度までに回復しました。
こうして鍼刺激を知覚神経が感じ、それを脳が受け取り、胃腸や心臓、血管などの臓器へ、しっかりと命令を出すというところから始めました。
【2回目の鍼灸】
初回治療後、翌日は学校を休んだが、その翌日は2時間だけ学校に登校出来たとのことでした。
治療2日後には、朝から家族と会話ができ、遅れてではありますが、学校に登校したそうです。運動部系クラブをしてから、帰宅したということでした。少々やりすぎだかと思い、注意を促しました。
厥陰兪(左) 太谿(左) 太衝(左)
今回も3本のみですが、背中に1本と足に2本刺し、身体の表裏のバランスを取りました。からだの前後のバランスが悪く、立とうとすると後ろに引っ張られるというためです。
今回は座ってお話もできるようになり、立ち座りもできるようになっていました。起立性調節障害の方は、血圧の急激な上下に対応できないため、立ちくらみが生じますが、そうした血圧調節がある程度はできるようになったよでした。
【3回目の鍼灸治療】
太衝(左) 太谿(右) 内関(左)
2回目の鍼灸治療との間に、プールや魚釣りと、かなり遊んだようで、いささか疲れ気味な様子でした。日焼けして黒くなっているため、初診の時のことを考えれば嘘のように顔色が良くなっていました。
初診からまだ10日程度しか経っていないため、かなり急激な変化です。遊び過ぎて、月曜日に学校を休んだそうですので、少しお話をさせて頂きました。
こうした小児神経症の親御さんの中には、少しお子さんに優しすぎるご両親もいらっしゃいます。
生活の乱れにも寛容で、学校を休むことにも抵抗感が少なく、親子の距離が非常に近い傾向があります。
親子の距離が近いことは否定しませんが、社会生活が送れないほど寛容になってしまうと、思春期前後のお子さんにとっては弊害もあります。
ただ起立性調節障害自体は、完全にからだの病気ですから、心理的な甘えだけで済ませてはいけません。こうした心と体のバランスを取るには、ご家族の協力と理解が欠かせないのです。お子さんの治療に関しては、一般の治療と違い、こうした難しさもあります。
今回の治療でも、度々ご両親と話し合いを設けて、病気の理解とお子さんの将来を見据えた話し合いをしました。どこからがからだの症状で、どこからは甘えなのか、生活のリズムを家族ぐるみで整えて頂けるのか。こうした話し合いは、お子さんを社会生活に復帰させるには欠かせないことです。
【4回目の鍼灸治療】
胃兪(左) 大腸兪(左) 風池(右) 太谿(右) 公孫(左)
日焼けして逞しい印象になりました。夏休みですが夏期補習のために学校へ登校し、クラブ活動もしているようでした。ふらつきや嘔吐などもなく、食事量も増えたようです。
先日は、地域のお祭りではしゃいで友人と走り回り、直後に嘔吐しましたが、その後も遊んだそうです。走り回ったことで自律神経が刺激されたようで、まだ調節が出来ていないようですが、
「そこまで元気になれたんだよ。」
とお話をしました。
【5回目の鍼灸治療】
大杼(左) 中封(右) 公孫(右) 太谿(左)
クラブ活動にも積極的に参加し、練習試合も数試合出来るまでに回復しました。
まだ体感的な「冷え」は無くなっていないのですが、実際に計ると体温計では36.7℃でした。
以前は低体温気味で36℃を切る時もあったことを考えると、身体の体温維持機能は正常化していると思われました。
ただ末端の冷えがあるため、頭では「冷え」と認識しているようです。これは実際に体温が下がらなくても冷えを感じる、末端冷え症の女性と同じような原理です。
【6回目の鍼灸治療】
右太谿 右衝陽 左太衝
前回の治療から約2週間が経ちました。夏休み期間の為授業はありませんが、運動部の部活動には参加出来ていたそうです。治療はかなり軽めになり、自宅でのお灸を中心とした自分で出来る体調管理に切り替えました。
<考察>
起立性調節障害のお子さんは、自律神経が過敏なため、機能性胃腸疾患なども併発することが多いようです。このお子さんも緊張するとお腹が痛くなる等の、過敏性腸症候群の症状が以前からあったようです。
こうした自律神経が過敏なお子さんにとって、生活のリズムを守ることと、自己管理が出来るということは、今後の社会生活にとって欠かせないことです。
今回の症例では、初診から約7週間で大きな治療効果を挙げることが出来ました。初診時には朝起きることが出来ず、食事もまともに出来ない状態でした。少し動くと鼻血が出てしまい、日中も立歩きが困難な状態から、7週目にはほぼ生活には支障がなくなり、運動をこなせるまでに回復したのは、ご家族の協力なしではあり得ませんでした。
日当たりの悪い部屋で寝起きしていると、どうしても体内時計が狂いがちになります。今回は、家族に協力して頂いて、起床の前までに、部屋の明かりを点けて頂くようにしました。
また就寝時もなるべく早く寝かすように注意して頂き、部屋の明かりも全て消すようにして頂きました。そうした生活を夏休みも続けて頂いたお陰で、心配していた長期休み期間中にも症状悪化も見られず、夏休み明けには学校への復帰が問題なく出来るくらい良くなりました。
起立性調節障害では、こうした規則正しい生活は非常に重要で、ご家族の協力が欠かせません。ただ、どうしても苦しんでいるわが子を見ると、甘やかしがちになってしまうものです。
長い目でお子さんのプラスになるように、思いやりのある厳しい態度で接することが大事になります。ただ怠けているわけではありませんので、叱りつける必要はありません。
一番辛いのは本人であることを理解しつつ、将来のために、ある程度は負荷を掛けた生活をさせることが、大事なのです。