妊娠中のつわりは、多くの妊婦さんに出る症状です。軽い吐き気程度から、全く食事が摂れなくなる人まで、かなり個人差が大きいのも特徴です。
様々な原因を挙げる人がいますが、決定的な原因は分かっていません。ただ、つわりが出やすい傾向はあるようで、次のような方は出やすい傾向があります。
・妊娠や出産に対する恐怖感が強い人。
・元々車酔いをしやすい人。
・めまいや立ち眩み等の自律神経失調症状がある方。
・ストレスが過剰な方。
・胃腸が弱い方。
・母親がつわりが強かった方。
・周囲につわりが強い人がいた方。
・過去につわりを経験した方。
こうした原因を幾つかに分けるとすると、心理的な要因、胃腸の弱さ、遺伝的な要因などがあります。免疫反応や胎児に対する異物反応だという方もいますが、これも決定的だとは思えません。
つわり(妊娠悪阻)の鍼灸治療
つわりは妊娠悪阻(にんしんおそ)とも言われ、大抵は妊娠12週程度までで治まります。妊娠12週は、胎盤がほぼ完成して、流産の危険性がグッと少なくなる時期でもあります。
安定期は16週と言われますが、実際には12週を過ぎると、約90%以上は無事に出産に至ります。
この時期を過ぎるとつわりが減ることを思うと、心理的な不安感や、妊娠に対する「ある種のからだの慣れ」も関係しているのかもしれません。
つわりの鍼灸治療としては、幾つかの目的を持って治療をしていきます。
1.脾胃の弱りや冷えを解消する。
2.自律神経を整える。
3.心理的な不安感を無くす。
4.冷えのぼせを無くす。
5.胸を開く(寛胸作用)
この中でも、寛胸(かんきょう)と呼ばれる東洋医学独特の治療は、最も即効性があります。寛胸とは、文字通り胸を寛げることです。
吐き気で詰まった喉元や胸元をひらいて、呼吸を楽にする作用があります。この代表的なツボが、内関(ないかん)と呼ばれるツボです。
内関は、車酔いなどにも使用されるツボですが、強く刺激し過ぎると、逆に体調を乱すこともありますので、注意が必要です。
この内関を軽く刺激するだけでも、軽いつわりであれば、かなり効果的に働きます。私たちが施術する場合には、内関以外のツボを組み合わせて使用します。
実際のつわり(妊娠悪阻)に対する鍼灸治療
大阪市在住 30代女性
つわりのため産婦人科を受診していましたが、解決策がなく、来院時には、食事量がかなり減っている状態でした。
来院時は妊娠8週でしたが、寝起きに強い吐き気があり、昼間は少し軽くなりますが、夕方ごろから再び強い吐き気がしていました。
元々冷え性や肩こりがあり、自律神経もあまり強くないと自覚されていました。ネットでつわりを検索したところ、鍼灸治療が効果的なことを知り来院されました。
<鍼灸治療>
内関
長さ15mm 太さ0.18mmの使い捨て鍼を使用し、2~3mm刺入
足三里
長さ40mm 太さ0.18mmの使い捨て鍼を使用し、約2cm刺入
腹部に接触鍼(刺さない鍼)
腹部の張りがある場所を、刺さない鍼で緩めていく。約3~4か所ですっかり緩みました。
初回の鍼灸治療は、これだけです。鍼を2か所刺し、腹部を刺さない鍼で緩めただけで、その時出ていた吐き気は殆どなくなりました。
軽いつわりであれば、こうした施術を数回すればつわりは殆ど無くなります。重症の場合には、もう少し鍼を増やすこともありますが、強刺激はあまり必要ありません。
過去最強のつわり患者
私が経験した中でも、最も強いつわりで来院されたAさんは、忘れることができない思い出です。Aさんは、お母様の電話で初診予約をお取りになりました。
その頃、既に電話で喋ることも出来ないほどに衰弱しており、電車移動も車移動も酔ってしまい出来ない状態でした。
初診時、Aさんは、お母様が押す、車いすに乗って来院されました。マスクをして車いすに乗った姿は、とても妊婦とは思えないほどに痩せており、一抹の不安を感じるほどのお姿でした。
お話を伺うと、病院の入退院を繰り返しながら点滴を続けているにも関わらず、つわりが軽減しなかったそうです。
その当時のAさんは、唯一食べることができるものが、イチゴ蒸しパンとイチゴミルクのみで、それ以外のものは、全く口にすることができないと仰っていました。
つわりのために仕事を休職されていましたが、日々やせ細っていくとのことでした。
治療としては、脾胃の調子を整える基本的な治療をしましたが、治療頻度は少し多めの週2回としました。最初の2~3回は車いすで来院されましたが、その後自力で通院できるようになりました。
徐々にご主人が作った雑炊が食べられるようになり、長期に渡ったつわりも無くなり、無事に仕事に復帰されました。
ところがその数か月後、電話でご予約を頂き、腰痛で来院されました。つわりの時以来、初めての来院時、その姿を見て再び衝撃を受けました。
私の前にいるのは、私が知るAさんではありませんでした。
「あの…凄くリバウンドしていませんか?」
「これが本来の体重なんです。つわりで激やせしてたので。」
恐らくですが、つわりで10kg近く痩せていたようで、全く別人となった本来のAさんは、電車で元気に通勤するようになっていました。
腰痛の鍼灸治療を終え、また元気になったAさんは、産後も何度かご来院して頂きました。このAさんが通院していた産婦人科からは、その後も何人かのつわりの患者さまを、ご紹介して頂きました。
それにしても、姿形がすっかり変わるほどのつわりは、後にも先にもAさんだけです。