PCOS(多嚢胞性卵巣症候群)は、非常によく見られる排卵障害の一つです。
PCOSは、東洋医学的な概念である「痰湿(たんしつ)」と症状の相関性が高く、鍼灸でPCOSの施術をする際には、痰湿を取り除く施術を行うと、上手くいくことが多いようです。
この痰湿という東洋医学独特の概念と、痰湿を改善し、PCOSを克服して妊娠する方法をご紹介します。
【PCOSとは】
PCOS(多嚢胞性卵巣症候群)は、育ち切らない複数の卵胞ができます。排卵に至らない未成熟な卵胞が、卵巣内に複数観察できます。
PCOSの診断基準は次のようになっています。
1.排卵障害
2.高LHもしくは高アンドロゲン
3.卵巣に複数の未成熟卵胞がある
この3つ全ての条件を満たすと、PCOSであると診断されます。
ただ、ここ最近の研究では、この3つ以外にも様々な症状や病態が発見されています。その中でも、今回注目するのは、耐糖能異常です。
【PCOSの耐糖能異常とは】
耐糖能というのは、血糖値を下げる働きがあるインスリンの働きを表します。PCOSでは、このインスリンの機能異常が起こることが分かっています。
インスリンは、脂肪代謝を行うホルモンです。血糖値を下げるホルモンとして有名ですが、インスリンは、脂肪を細胞から出し入れする働きもしているのです。
耐糖能の異常は、肥満の方で起こりやすい傾向があります。また耐糖能の異常は、飲食の不摂生や遺伝的な背景が影響を与えます。
脂肪細胞からは、性ホルモン分泌に関わるレプチンというホルモンが分泌されています。
体脂肪が増えすぎてレプチンの分泌量が増え過ぎると、レプチンを感じる間脳の視床下部では、逆にレプチンの感受性が弱まり、性ホルモン分泌に異常を来たします。
つまり、脂肪細胞がからだに多い肥満の方では、レプチンの分泌過剰から、性ホルモンの異常が起こりやすく、排卵異常などを起こしやすくなるということです。
耐糖能異常とレプチン分泌過剰の両方とも、肥満と深い関係があることが分かります。脂肪の量が多く、耐糖能異常を持つ方の場合、体脂肪の量を落とすだけでも排卵障害が改善することもあります。
これは体脂肪を減らすことで、脂肪から分泌されるレプチンの量が減るため、視床下部の機能が改善するためだと考えられています。
<肥満の定義>
・身長および体重より Body Mass Index(BMI)を算出
・BMI=体重(kg)[身長 (m)]2
・BMI25を肥満と判定
BMIを25以下にすることで、耐糖能異常を改善し、排卵障害を改善しやすくなるようです。
【PCOSと高LH、高アンドロゲンの関係】
先ほど、脂肪からはレプチンというホルモンが分泌されることをお話ししました。このレプチンは、間脳の視床下部で常にモニタリングされています。
思春期になり、皮下脂肪の増加と共に、レプチンの分泌増加を視床下部が感じると、視床下部からキスぺプチンというホルモンが分泌されます。
キスぺプチンは、視床下部のキスぺプチンニューロンに働きかけ、視床下部からGnRHというホルモンが分泌され、これが生理周期の始まりとなり初潮が起こります。
PCOSの場合には、レプチンが多すぎるため、視床下部でレプチンの感受性が下がってしまい、その後のキスぺプチン分泌量が減ってしまいます。
キスぺプチンが減ると、GnRHが正常に分泌されないため、生理周期が起こりません。これも排卵障害の下になります。
もう一つの問題は、インスリンの問題です。耐糖能異常の方では、インスリンの感受性は弱まりますが、分泌だけは増量されるため、高インスリン血症になります。
<日産婦誌60巻9号2008年9月号より>
インスリンには、LH(黄体化ホルモン)を高める作用があります。LHは、GnRHの命令でFSH(卵胞刺激ホルモン)と共に下垂体から分泌されるホルモンです。
卵胞にはLHとFSHを感じる受容体があり、LHを卵胞が感じるとアンドロジェンという男性ホルモンを分泌します。
さらにFSHを感じとった卵胞の細胞は、アンドロジェンをエストロゲンに変え、卵胞を成長させます。
エストロゲンが一定濃度に達すると、LHが急激に上昇するLHサージが起こり、排卵が起こります。
ところが、高インスリン血症ではLHのみが上昇するため、アンドロジェンだけが過剰に分泌されます。
つまりFSHが分泌されないことで、卵胞の成長が起こらず、エストロゲンの増加もないため、高LH、高アンドロゲンという状態が起こります。
アンドロゲンは男性ホルモンですから、PCOSの方には男性化が起こります。
<PCOSの男性化現象>
・低音声化(男性のような声)
・体毛が濃くなる
・皮脂が増えて肌荒れ、ニキビが起こる。
・頭頂部の脱毛
・無排卵
・無月経
【痰湿とPCOS】
今までご説明したPCOSの症状は、東洋医学でいう「痰湿」という概念と関連しています。
痰湿は、飲食の不摂生や運動不足などで現れる、水分代謝や脂肪代謝の異常のことです。
東洋医学の中では、脾(ひ)という臓腑経絡の異常で起こりやすいと考えられています。
脾という臓器は、水湿運化(すいしつうんか)を主ると考えられています。飲食物から得られた水分や脂肪などを、必要な形に変え、からだの必要な場所に運搬をしています。
この水湿運化が停滞すると、余った水分や脂肪が、からだの機能を低下させ、様々な疾患に繋がるとされています。
この時、停滞した水湿を「痰」や「湿」と表現しました。「痰」や「湿」は飲食の不摂生で起こりやすいため、痰湿と呼ばれる状態は、肥満の方に起こりやすいとされています。
また滞った「痰」や「湿」は、その場所から動かずに様々な不快症状を発するようになります。その一つが、湿疹やニキビなどの皮膚症状です。
それ以外にも、頑固な痛みやしびれ、不快感などの症状、更に憂鬱感などの精神症状が出ることもあります。
これは、PCOSの方が感じる、様々な不快症状と相関しているように感じます。
また痰湿が肥満傾向から起こることも、PCOSの特長と当てはまります。
【PCOSと痰湿の鍼灸治療】
PCOSに対する鍼灸治療は、海外でも多数行われています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27141614
こちらの研究では、PCOS症状のラットに対して、鍼灸治療で血清ホルモン値や体重減少に効果があったそうです。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23482444
こちらの研究では、32人のPCOS患者を対象にした鍼灸治療で、高アンドロゲンの改善や排卵消化外の改善を認めています。
実際の鍼灸治療では、水分代謝を良くすると言われている脾経や腎経の経絡を調整します。
PCOSの方には、排卵誘発剤と共に糖尿病治療薬を併用することもありますが、それでも排卵がされないこともあります。
鍼灸治療は、こうした難治性のPCOSに薬剤と併用して行っても良いでしょうし、鍼灸単独でも効果を挙げます。
またPCOSの方で体外受精をする場合には、OHSSを起こし易いため、その予防として鍼灸治療を併用することもあります。
OHSSでは、血栓症から脳梗塞や心筋梗塞などをおこすことがありますが、鍼灸治療には血流を促して、血栓を防ぐ作用があることが分かっています。
そのため妊娠率の向上としても、副作用予防としても鍼灸を利用することができます。